北朝鮮から発表された資料に死亡日付も実は記されていたり、リストの信憑性が 議論されたりとだんだん情報がこなれてきつつあるこの頃。
外務省が死亡日時の公表を当初伏せたのは、日時から推測されるものごとについて 宣言直後に混乱が起きることを避けたり、やはり、リストの信用性自体に問題が あって、人名と生死だけ明らかにするという簡潔な提示をした方が無難だという 判断が働いたのだろう。交渉役の外務省の幹部の一人の秘密主義にも原因が あるみたいだが、官僚一人の意思決定に左右される状況自体問題があるのかも。 とは言え、それ程重要なことではあるまいし、その人が使えないなら他の人に 代えればいいわけだし。
ニュースやらでちらほら出てくる、リストの信憑性やら拉致被害者の運命やらの 議論はまだ推測の域を出ないことが多い。北朝鮮の元工作員のリストの信用性を 疑う証言があったりしても、その元工作員自体、政治的な力学をとても受けやすいから (北朝鮮の行動を批判する証拠を作るために動いている連中だし)意図的に やっているかもしれない。重要なことは、実際、日本人が北朝鮮に行って少しずつ 調べていくことである。北朝鮮から情報を得ようとしようとしたって、そんなことは あまり期待できない。北朝鮮政府から出る情報はあくまで役所の出す情報であるし、 北朝鮮に限らず、日本でもそうだけど、そもそも役所の出す情報は使えないものと 相場が決まっている。
今後、すべては経済援助の中で多くの日本人が北朝鮮へ行く中で、日本人が 現地で目にし、耳にする情報から草の根レベルで明らかにしていくことであろうと 思う。草の根レベルの証拠を固めてから北朝鮮にどういうことなんだともう一回 聞くというわけである。逆に、そういう日本と北朝鮮との間の人的交流が進まなければ、 経済援助をしてはいけない。金を出すだけではだめであり、日本人の人的パワーを 金とともに送ることが、一番北朝鮮の経済的回復には重要であるし、人的交流の 中ですべては明らかになっていくことだろう。