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2003/04/30: 重症急性呼吸器症候群(SARS) その1

 最近、SARS のニュースで慌しい。香港、中国では爆発的に広まっている。方や、政府・医療機関の努力で収束に導くことが叶ったベトナムもある。日本では今後どうなるかはわからないところである。何かと問題を隠したがる雰囲気を持つ日本では、あっという間に広がってしまうのではないかなとも思う。

 新型肺炎は死亡率5%とかなり高い。私がもし掛かったら死ぬのかな。ただ、自分が死ぬのはそれっきりというわけで楽と言えば楽なのだが、知人・親戚・家族が死ぬ方が悲しく辛いので、日本には広まってくれるなとは思っている。うちの親は高齢者の仲間入りをする年齢に差し掛かっているし、ころっとやられてしまうかもしれない。今の新型肺炎の日本への進行度を考えると、何等か対策が可能となるころまでもってくれるのかなとも少しは期待している。

 客観的に新型肺炎を考えると、免疫がなかった感染力の高い病気が発生しただけ。免疫がないから重症になる人も多く死亡率も大きく見える。しかし、以前のインフルエンザの新種が出回ったときの惨状よりは全然軽い。感染力が高いといっても、人が世界規模で大量に動き回る世の中だからこそ、世界的な規模に広まる可能性を見せているだけ。今、経済的発展を継続させている中国が、経済的発展と同様に病気も広がらせているだけという感じもする。とにかく、重大な病気に違いないだろうが、過去に類を見ないレベルでもない。

 さらにこの新型肺炎は世界的規模でリアルタイムにどう広がっているかというのを観察できていることが、ニュースとして話題となっている所以であろう。そして、政府や医療機関がどのように対応を取ったから、どう広まったか、防げたかというのも分かりやすい構図になっている。この経験は今後の感染力が高い病気の広がりにどう対策すればいいのかというのを確立するいい機会でもある。しかし、今はこの病気をどう防ぐかが一番重要だろうが。

 新型肺炎の発生源は動物由来のものと言われている。いろんな動物を漢方やら中国料理やらで食べる中国系文化ならではのものであろう。インフルエンザにしろ動物由来の菌がいかに人間に広まるかというのが発生の大部分を占める。あのエイズにしたって同じ。結局、人間と人間以外の動物がこれからどう付き合うかというのをよく考えなくてはいけない時期に来ているのかもしれない。

 この新型肺炎は近年経済的発展を加速させているアジア周辺部には大打撃に与えてもいる。株式ベースの仮想財源に支えられている経済は、人の恣意に大きく依存しているため、戦争にしろ病気にしろ何かマイナス性を持つ事件が大きく影響を与える。ただ、最近仮想財源としての性格を次第に世界の人々は理解し始めているため、そういったマイナス性による影響も少なくなっているようにも見える。しかし、逆に言えばプラス性があっても経済が上向きになることも少なくなるということも意味する。アジア経済の低迷は恣意性よりも病気による非生産的傾向の方が大きいように見えるが、実質的な行動を重視するアジア系の人間であれば、病気を気にせず行動を始める変化もそのうち起きるかもしれない。ただ、それによって病気が世界的に広まって、死ぬか生きるかの選択を私を含めて全世界の人々に突きつけるような状況はちょっと恐怖ではある。

 とにもかくにも、単に新種の病気が発生してそれを人類が持つ医療技術により克服できるかという問題は確かに重要だが、それ以上に停滞している経済にどう立ち向かうか、むしろ、対応するのか、ということを人類が示すきっかけになるような気もする。それは、欧米ではなくアジアがこの病気の舞台であって、さらにこの病気に起因するさまざまな経済的変化もアジアに起因することで、主人公であるアジアの人々がこの問題をどう現実的に対応するかというのが、今回の事件というか事象の一番のポイントであるからだ。ま、日本人は今回は主人公の一人にはなれないだろうが。とか言ってみる。